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カッコよさに定義はあるのか

家のネット環境が狂って、気づけば1週間もネットなしの生活になってしまった。

イーグルスオープン戦WBCや書評など

更新したい内容がこんなときにこそ湧いてくるというのに!

原因不明のネット回線は要因不明に突如回復して、

とりあえず、リハビリにどうでもいいことを書いてみる。

 

近年、SNSの発達とともに自撮りが一般化している。

残念ながら地鶏ではない。痔取りでもない。

自分の存在を世界に発信できるツールを得たことで、

誰もがよりよい自分を見せようとあの手この手でだまくらかしている。

 

その最たるものが写真アプリである。

それを使えば黒目パッチリ、薄肌しっとり、

信じる者は救われた気になる神の玩具といってもいい。

 

最近はテレビに出る容疑者や被害者まで加工された写真が使われる。

きっとそれしか写真がなかったんだろう。

写真屋で家族写真をとる習慣は廃れてしまったのだろうか。

でも被害者の真実の顔が守られるのはいいことなのかもしれない。

 

しかし重大な問題がある。

今のところ男性用の加工アプリがないのである。

これ由々しい。

 

女性の美しさというのはある程度定義づけできている。

つまりアプリで加工される目と肌。

では男性は?

うん....。なんでしょう。

 

これがわからないうちは、男性の顔はテレビでさらされ放題である。

いや、男の顔にも女性用の加工アプリが使われれば真実の顔は守られる。

でもそれは場合によっては真実の顔をさらすよりも不名誉なことになりかねない。

 

カッコよさって何なのだろう。

男でも目は大事そうだが、最近イケメン扱いされている人って黒目がちでもないし...。

肌だって大事だけど、ヒゲが生えてたら加工できなくなっちゃうよね...。

 

ここで、男は見てくれじゃなく中身が大事なんだよ、という声があるかもしれない。

いやじゃあ女性は中身はまあまあでいいんすか?となってしまう。

女性は化粧しないと外に出られないから大変なんだぞっ

という苦しみを男性たちに理解されるには、

男性にも確固たる美の像もといカッコいい像が必要なのではなかろうか。

 

そんなわけで締まりのない話でした。